グレートジャーニー




竜馬伝の中のあの曲
画像
福山ラジオは さすがに リアルタイムでは
聞けないため@起きていない

策をこうじれば 聞けるわけで、
でも 聞く手間はかかるわけで
うちで聞ききれず ついipodに入れて続きを
と思ったが、もうやらんがなぁ
通勤途中の列車車中で 
笑うわけにゃいかん

今週の竜馬伝、なかなか面白かったー
竜馬の残ってる手紙にも 
出てくる後藤象二郎さんとの
清風亭の対談か
ふと 思い出したが 長崎は何度か 行ってるが
行ったことあったけか、ていうか 見たっけか清風亭、あれ !?
高校の修学旅行で行ったのが最初の為 (この時期の自分に歴史への造詣はなし)
古いなぁ、天草大橋が開通したばっかりの頃で それは覚えている

その後は 結構 ミーハーで 長崎を歩くが
長崎市内に入る手前に 某有名こんにゃく会社さんの大きな工場あるのも知ってるし
ふくさ屋のカステラも網羅してるが
丸山亭は高価の為 いけなかった、
平戸も天草も行ったっちゅーに
それに 肝心な事で 長崎空港はまだ 未到達じゃんか~自分

確か、清風亭の名前は竜馬の手紙とかで名前はあったが 場所不明で
近年 わかったんじゃなかったけか 、そんで場所見てなかったんだ
大浦のお慶さんがオーナーだ、自叙伝みたいな本にでてくる

しぇいくはんどシーンは 言ってないと思うけど
歴史小説では はしょられがちなシーン
後藤さん役の役者さん、うまいなぁ
いいよってところのトーンがいい ほんとの後藤さんも
初めて ルイびとん持った日本人の、おしゃれな ハイカラの柔軟な人なのだと

後藤象二郎エピで ふと思い出す事に 子孫さんがたしか
青山テルマさんの歌の大ヒットの そばにいるよのプロデュサーさん
縁は否の物 先見の検知の血統なのかなぁ

後藤さんにしても あの頃の陸奥さんにしても
明治に生き残るが 竜馬さんの活躍は世間の周知あれど
明治では あまり 語っていないんだよなぁと 思う
陸奥さんの 条約改正での苦心の頃に 自叙伝でもある蹇々録で
ほろっと
人は有限の生命を持って無限の志望を抱くものなりと 竜馬の言葉がでてくる

あ~MD機の退役にまにあわねぇ~

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この記事へのコメント

えいちゃん
2010年10月19日 21:56
九州に行くのにわざわざ長崎空港は思い浮かばないかもしれないね。
でも、翼マニアの祥子さんは未踏の空港は唯一長崎空港だけなのかな。
私が飛行機に乗ったのは2回だけ 後一回は乗りたい で再来年の春韓国に行こうかと考え中。
竜馬も今の時代にこんなにも人気を博すとは夢にも思わなかっただろうね。

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